ぼくたちと駐在さんの700日戦争

検問からバナナちゃんの家までは、村山くんの強い希望によって、助手席はSSのピョンちゃんになりました。
かかえているのはあいかわらず西条くんですが。

「ピョンちゃん！左見えないって！耳じゃま！」

「耳・・って・・・。俺、ピョンちゃんじゃないし」。

「たため！」

「たためっつったって・・・」。

「せめて上げてる手、下げろよ！」

「ええええええええええ？」

結局同じ。

「あれだなぁ。村山ってさー」。

「ん？なんだ？」

「ハンドル握ると人格変わる」。

大きくうなづく僕たち。


予定時間を大幅に遅れたため、BJの診療所隣りの土地では、またしてもイヤガラセらしき深夜工事が始まっていました。
あいかわらず響き渡る重機の騒音。そしてそれに吠え立てる犬たち。
雨が降っていない分、前回よりうるさく感じます。

「ありゃ。遅かったかぁ」。

重機のオペレーターは、わざわざ犬に吠えられる工夫さえ見受けられました。

照明に照らされた広大な土地は、すでに宅地化が進んでいて、それだけ見れば普通の分譲地。
僕たちはそこでひとつの看板を目にしました。
いいえ。見ようとするまでもなく、それは巨大で、いやおうにも目に入って来ました。

「N市宅地開発協同組合・・・・？」
「組合なのか？」

「ああ。そういうことにしてるんだろうな」。
「そういうことって・・・これ、市とかでやってんじゃねーのか？」

「そうじゃねーな。そう見せかけてるだけだろ。協同組合なんて簡単につくれんだぜ？」
と、チャーリー。

チャーリーが言う通り、協同組合は、複数の個人または法人が出資すれば簡単につくれます。

「それどころか株式会社より、解散とか、ずっと楽なくらいなんだ」。

しかも組合とは名ばかりで、実質は暴力団かヤクザの集まり。
隠れ蓑として「協同組合」は、実に便利な手段なのです。

「へ～～～～。よく知ってんなー。チャーリー」。

「うちの兄貴。自動車整備組合の理事だから」。

「あ。そうだった」。

　しかし組合か・・・。考えたもんだ・・・。

「とにかく。土、持って帰らないと」。
村山くんは、トレノのトランクからバケツとスコップを取り出そうとしました。

すると小心なチャーリー。
「いや。あいつらに気づかれるってー」。

工事している方を顎でさしました。

「そうだなぁ。でも深夜まで続けるだろうしな・・・」。
「どうする？」

ここで西条くん。
「ん～。まかせろ。お前ら、俺がからんでるうちに土とっとけ」。

そう指示すると、とっとと工事している方へと歩いて行きました。

西条くん。動いているブルドーザーの前まで出ると

「おっさーーーーん」。

「ぁあ？なんだぁ？どけぇ！ガキが」

もう相手する口調で普通の作業員ではない、ということがわかります。

「おっさん。近所のもんなんだけどさぁー。夜中にうるせーんだけど！」

「へへ。知らねぇなぁ。そこの犬猫病院にでも文句言いなー。吠える犬のほうがよっぽどうるせぇだろ？」

しゃがれた声で高笑いすると、西条くんに腕まくりしています。
おそらくイレズミかなにかを見せつけているのでしょう。

しかし西条くん。
なにしろヤクザの組長の家でバイトしてますからそんなもんは毎日見慣れているわけで

「いやぁーーー。おっさんのブルが一番うるせぇなー」。

「ぬぁんだとぉおおおお？」

ブルドーザーから降りてくる作業員。
これを見て、なんだなんだ、と、残り2人の作業員たちも集まり、西条くんはとたんに3対1に。

「どうしたどうしたぁ？」
「いや。この威勢のいい兄ちゃんがなぁ。俺らの工事がうるせーんだとよー」
「へぇ。元気のいい兄ちゃんだぁ。へへへへ」。
「俺たちが誰かわかってねぇようだなぁ」。

西条くん。
「えーっと。協同組合員」。

「あんだとぉぉぉぉおお？」
「いや。ちげぇねー。わははは」


僕とチャーリーは、この様子をうかがって
「よし！今のうちやっちゃおう」。
「オッケー！」。

村山くんと3人。土をとる作業にかかりました。

「いいか。上の山砂部分だけでいいぞ。下の土は取るな」。
「了解！」。

普通、畑を宅地にする場合、そのままの土質では分譲できません。土壌が柔らかすぎるためで、水はけもよくないので家を建てるのには不向きなのです。
このため、宅地分譲では、下地を固め、上に砂利質の土をひいて、さらに山砂などの水ハケのいい土をかぶせます。
僕たちが必要なのは、この上辺にある「山砂」だけ。

僕たちが暗がりに紛れて作業をしている間も、西条くんがからまれている声が聴こえていました。
なにしろ彼らは共通して声がでかい。

「少し礼儀ってやつを教えてやるかぁ」
「へっへっへ。そいつぁいいなぁ」。
「うるせぇなら耳、聞こえねぇようにしてやっからよー」。

しかし西条くんですから、この情勢を変えるに、20秒とかかりませんでした。

「ってててててて！なにしやがる！このガキ・・・ってーーーっててててて！」

ひとりが、そのイレズミを見せつけた腕をとられ、すでに複雑に関節技がかけられていました。

「おっさん。この自慢のモンモンの入った腕。二度と使えなくしていいかぁ？」

ヤクザ者を脅す西条くん。

即座に助けにもうひとりが近づきましたが、
「おどしじゃねぇんだよ！いいかぁ？関節ってのはなぁ。はずれてみんな普通にもどると思ったら大間違いなんだぜ？」

「こ、このガキィ！」
他の2人が吠えますが

「腕使えなくなってもいいかっつってんだ！ええ？答えなきゃ折るぜ？」

なにしろ西条くん、五十嵐さんの長時間尋問で極めて不機嫌。
間が悪いというか。相手が悪いというか。

　グギッ

というここまで聴こえてくるにぶい音がしたかと思うと

「ウギャーーーーーーーーーーー！」

男がすさまじい悲鳴をあげました。

「動くな！まだ関節はずしただけだ。だが次で、お前らのひとりでも動いたら・・・・」。

「ギャーーーー」

ちょっと腕を動かされるだけで、恥も外聞もなく大声をあげる作業員。

「な？痛てぇだろ？よほどの大男でもこの痛みは耐えらんねぇ」。

「こ、このガキ！」
「た、ただもんじゃねぇな！」

「で？工事。今日んとこやめてくれよ。うるさくって眠れねぇんだよ」。

「わ、わわわ、わかったー！わかったから！」。

「わかったんならいいや。今もどしてやる」。

　ガコ

またこっちまで響く関節をもどす音。
（関節の音の大きさは本当にびっくりするほど大きいのです）。

この瞬間

「ウガーーーーーーーーーーー」

音に劣らぬかなりの激痛らしく、男がさっきとは比較にならない悲鳴をあげました。

しかし

「あ・・・あれ？」
「どうした？」
「う・・・うごく・・・」。
「え・・・」。
「よかった・・・動く・・・」。

まるでそれがウソだったかのように、手をふっています。

しかしこれを確認した小男が

「てめぇ！死ねぇ！」
西条くんめがけて、なんとつるはしで襲いかかりました。

しかし、場慣れした西条くんは凶器も計算済みでした。

これを簡単によけると、

　ガッ！

もう一方の手で、手首を激しく強打！
そしてみぞおちに蹴り一発。

「うがああああああああああ！」

たまらず地面を転げ回る小男に

　ズッ！

蹴りをもうひとつ入れると、小男は「ぐっ」と言ったのを最後に声も出さなくなりました。

「おっさん。凶器の使い方へたくそだな～。俺の知り合いのほうがよっぽどうまいぜ」。

孝昭くんのことです。確かに彼なら「つるはしを投げつける」くらいは平然とやってのけます。
倒れた男から返事はありません。

さすがに2人がやられて、残りのひとり。立ちすくんでいます。
「てて、てめぇ！どこの組のもんだ!?」

少々遅きに失しましたが、西条くんが「ただの兄ちゃんではない」とわかったようです。

「俺かぁ？俺はなぁ・・・・」。

重機のアイドリング音だけが低く響く中
西条くんの声がこれをひきさくように


「俺は・・・。タンバリンのジョー!!」

かっこわりぃーーー。

※プチ予告更新しました

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