ぼくたちと駐在さんの700日戦争

ジェミーがいない！

「あれぇ？でも出る時は12人と1匹って・・・」。
「ああ。でも、どっちの車も定員6名で・・・」。

「トラックは6人フル乗車だ」。

「で・・デリカは・・・えっと」。

そうです。河野くんが運転して、前に西条くんと僕。後ろに

「チャーリーと井上と・・・」。

「サチコ」。

「あ！ほんとだ！ひとり足りない！」

ここで孝昭くんが
「まぁまぁあわてんな」。

と言うと、突然靴と靴下を脱ぎ始めて

「サチコ。こいつで探して来い！」

いきなりサチコの鼻にあてました。

「あのなぁ。孝昭。ジェミーさがすのになんでお前の靴下なんだよ」。

「ふふふ。実はあいつは俺んちに泊まったんだ」。

「へー。勇気あるな」。
なにしろ孝昭くんはともかく、お欄さんの家でもあるわけで、朝のラジオ体操は必須。

「で。あいつを朝起こす時な。この靴下で蹴っぽったんだ」。

「なるほどー」。

ぜんぜん「なるほど」じゃない気もする・・・。

「サチコが警察犬訓練を受けていれば、こんなのは簡単なはず」。

そうかなぁ・・・。

「ほら。この匂いだ！覚えろ！サチコ！」

が、サチコ。鼻の前に靴下をぶらさげられると

　ガウーーーー

おもいっきりくわえて、ひきちぎろうとしました。

「あああああ！このバカ犬っ！」

言ったこっちゃない。

突然始まるドーベルマンと孝昭くんの格闘。
サチコは、なぜか西条くんは苦手でしたが孝昭くんは平気。
それはそれはすさまじい「靴下争奪戦」となりました。
一方、孝昭くんも、犬ごときに負けては元番長がすたりますので、後ろにまわるとドーベルマン羽交い締め！
たまらず逃げ出すサチコ！
これを片足裸足のまま追いかける孝昭くん！

サービスエリアは、突然おもしろいエンターテイメントが登場し騒然となりました。

飼い主であるグレート井上くんは、またしてもこれを腹をかかえて見ていましたが、人間の速度はどうがんばってもドーベルマンに及ばないことを確認すると

「サチコ！セット！」

サチコ。これに敏感に反応しましてもどってきますが

もうひとり
「はい？なにか御用ですか？」

誰だか知らないおばさん。

「あ・・いえ。あの・・・サチコって・・・」。

「わたし、サチコですが」。

「いえ。あのすいません。そうじゃなくって犬・・・」。

「犬？」

「はい。おばさんじゃなくって犬の名前・・・」。

グレート井上くんが必死に弁解しているところに、いきなりかけもどってきたドーベルマン！
そりゃ本物のサチコおばさんだってビックリします。
「きゃーーーー！」

「あ！サチコ！ストップ！」

「はい？」

「だからおばさんじゃなくって・・・ああ・・・」。

結局、サービスエリアで犬を放すなどとんでもない、と、サチコおばさんからしこたま説教を受けたグレート井上くんなのでした。

「くそ。僕は今日ほど父を怨んだ日はないよ」。

そんなレベル？
幸せなんだなぁ。井上。

「でもなんでサチコって名前なんだ？雄なのに」

「ん。なんか父がね。小林幸子が好きで。ファンクラブにも入ってるらしい」。

「小林・・・サチコねぇ・・・」。

「買って来る前から名前決めてたみたいでね。一家中反対したんだけどゆずらなかった」。

なるほど。

ところでそのサチコとすさまじい格闘を演じた孝昭くん。
ぜーぜー言いながらも、しっかり靴下は取り返していましたが

「くそ～～～。ボロボロだ～～～～」。

「いや。孝昭。犬の嗅覚は人間の一億倍なんだぞ？」

「ああ。らしいな」。

「お前、それ嗅いでみろ」。

「あ！てめぇ！俺の足が臭いとでも・・・」

と言いつつ自分の鼻に持っていくと

「くさっっっっ！」

ほらみろ。

「え～～～～。この一億倍臭いのか？信じらんね～～～～」。

自分の足なのに。

「詫びろよ。孝昭」。
「うん。そりゃサチコに詫びるべきだ」。

「サチコ。足臭くてごめんなさいっ！」
ドーベルマンに足の臭さを詫びる少年。
それなりに奇妙な光景です。

「それよりジェミーは？」。
「あ。そうだったそうだった」。

というほどにちょっと他のイベントがおきると忘れ去られるくらいですから、出発もそんなものだったということです。

あわれジェミー。

「最後、ジェミー荷積みしてたよな・・・」。
「ああ。スティングレイの枠組みしてて・・・」。
「そんときゃ荷台にいた・・・と」。

記憶をたどる僕たち。

「で。組み終わった時に、ジェミーがエールするって言い出して～～～」。
「そんなのやってっかって言ってジェミーを押さえつけた」。

あ！

ということで、みんなが気づき、ダブルキャビンの荷台に！

そしてそこには

スティングレイと一緒に固定されているジェミーの姿があったのでした・・・。
しかもジェミー。そのまま眠っています。

「久保ぉ！お前ほどかなかったのか？」
「え？誰かほどいたんじゃないの？」

　これだ・・・。

それにしても朝は小雨も降っていたのに。
そのまま眠るとは大物です。

「にしてもなぁ。井上の犬はVIP座席なのに」。
「かわいそうなジェミー・・・」。

と、同情する僕たちでしたが、

協議の結果
「寝ているのをおこすのは気の毒だ」
というおおかたの意見と
「ジェミーには血統書がない」
というたったひとりの意見によって
高速道路で、どこまで荷台に人間がいれるか試そう、ということになったのでした。


順調に高速を走り続ける2台。

部分開通したての東北自動車道は、まさに僕たちが一度も見た事のない世界でした。
まっすぐに続く道路。特に圧倒されたのは、道路にかかる陸橋のスケールです。
恥ずかしい話ですが、僕たちは立体交差の下を通るごとに、
「おおおお」
という感嘆の声をあげました。

「高速ってすげぇ」。
と、チャーリー。

「東名はもっとすごいよ。車線多いし」。
デリカ班では、唯一の東名高速道路体験者のグレート井上くん。

「え？そうなのか？これよりすごいの？」
「うん。ぜんぜん」。
「へ～～～～～～～～」。

そしてチャーリーがここでとんでもないことを言い出します。

「走ってみてぇなぁ・・・」。

「どこを？」

「東名」。

「だから今夜には東名入るって」。

「いや・・・」。


「スティングレイで」。

え～～～～～～～～～！

「あ・・いや。たとえば走ったらおもしろいだろうなぁ・・って。それだけ」。

え～～～～～～～～～！

「あ・・・。悪い・・・」。

え～～～～～～～～～！おもしろすぎ～～～～！



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