ぼくたちと駐在さんの700日戦争

僕は不自然にならぬよう、そのまま意味もなく学校へと向かい、そしてもう一度坂道を下りました。
戻ったとき、そこにすでに2人の姿はなく。
僕は、自分の制御しきれない感情や愚かさに、自分で驚いていました。


当たり前のことですが、翌日からの登校は憂鬱でした。

井上、チャーリー、坂本。久保。

いえ。西条くんや孝昭くんに出会うのも憂鬱でした。すべての歯車が噛み合ないままでギクシャクと回っています。

学校では、僕と夕子ちゃんの噂が大きくなっていて、すでに毎日誰かに冷やかされるほどになっていました。

和美ちゃんは、僕が目撃した日を最後に、電話をよこさなくなりました。


4日ほどが過ぎて、体育館裏。
誰かの怒声が聴こえてきました。

それは・・・村山？村山が怒っている？
嘘・・・・。

「まさしぃ！お前、和美に手ぇ出してるってなぁ！」

「え・・な、なんだよ・・・。悪いのかよ・・・」。

しかも・・・和美のこと？

「おまえのスケコマシは見逃してやる。お前の趣味だからな。だがな。和美には手ぇ出すな！」

村山が怒る？

もとより背が高い上に、実際は一級上。
まさしは、すぐに折れ
「わ、悪かったよ。そんなに怒んなよ・・・」。

「お前、和美になんかしたのか？」

「え・・・・・。えと・・・・。まだAまでいってねぇって・・・」。

「バカヤロ！」

まさしがどこかに頭をうったのか、ゴッという音がして・・・。
そして憤慨した村山くんが、ことさら大きな歩調で出て来ました。

僕を見つけた村山くん。

「あ・・・・・・」。

バツが悪い、とはこのことです。

「聴いてたのか？」
「あ・・・。うん」。

「お前も。少し大人になれよ」。

村山くんは、まさしく一級上の目線で言いました。

自転車置き場で腰掛ける僕と村山くん。

「知ってたのか？」

僕の問いに村山くん。
「ああ。久保がいるからな。それにお前、アジト教室来なくなったし。わかるよ」。

「あ。うん。すまない」。

「井上、なにも言って来ないだろ？」

「え？夕子ちゃんのことか？」

一息おくと村山くん。
「井上、お前のしたいようにさせるつもりだ」。

「え・・・」。

「というか。みんなそっとしてる」。

そうだったのか・・・・。

「恋愛ざた、みんな不得意だからなぁ。ははは」。

「すまない・・・」。

「だが。いつまでも待てない。坂本の家、えらいことになってる」。

「えらいこと？」

「ああ。明日は来いよ」。

「う・・・うん」。

僕がアジト教室に行かなくなって数日。

　いったいなにがおきている？


自転車で坂道を下ると駐在所。
信号は青。僕は信号に間に合うよう、速度を上げました。

と

”そこのママチャリ～～～！止まれ～～～～！”

いきなりおなじみの駐在所放送。

ところがこの時、どこかのおばさんがちょうど自転車で交差点にさしかかっていて、その放送で止まりました。

これに泡を食った駐在さん。

”あ、あああ！そっちのママチャリは止まんなくっていいから、そっちのママチャリ止まってくださ～～～い”

なに言ってんだか・・・。

おばさんも目を白黒させています。

”だからぁ。ママチャリ止まって、そっちのママチャリは止まらなくっていいです～～～”

交通整理になってない。

ったくなぁ。

しかたなくはす向かいに止まる僕とおばさん。

”ママチャリ！うしろ向け～～～うしろ！”

運動会のような号令で、僕とおばさんは同時に後ろをふりむきました。

”いや。ママチャリはいいから、ママチャリ後ろ・・”

まだやってます。
放送使わなきゃいいものを。


しかし、ふりむいた僕のはるか後方・・・。

和美ちゃんが必死に走って来る姿が見えました。

そか。これを教えたかったのか・・・・。
駐在さん、職業がらか目がいい。

どうやら和美ちゃんは、僕の自転車を走って追いかけて来ていたようです。

「待って・・・・」。

ようやく和美ちゃんが僕に追いつき、駐在所のほうを向いて一礼しました。

「待って・・・・」。

息をきらしながら和美ちゃん。

「少し・・・時間。いい？」

「あ・・・。うん。いいよ」。

僕は自転車をひいて、公園へと抜けました。
駐在所の窓から、駐在さんがニコニコしているのがわかりました。
さっきのおばさんに苦情言われてるみたいでしたが。

　駐在さんってば・・・・。


ほどなく公園。そうです。僕たちが雪うさぎを作った公園。

「なに？」

僕はなるべくつっけんどんに言いました。

「あのね・・・」。

和美ちゃんは、言いたい事がまとまっていないようでした。

「あの・・・・」。

「早く言えよ」。

「あたし・・・決めたの・・・・」。

「なにを？」


「別れる・・・」。

それはとても意外な台詞で、また衝撃的な言葉でしたが

僕はなるべく平静をたもちました。

「別れてもいいから・・・・・・」。

ここまで言って和美ちゃん。

目からポロポロ涙をこぼしています。

「別れてもいいから・・・」。


「おねがい」。

「なに？」

「あたしを・・・きらいにならないで・・・」。

え・・・・。


「あたしを・・・。あたしをきらいにならないで！」。


和美ちゃんは、その言葉を言うのがせいいっぱいのようでした。

僕はというと。

ただ呆然と立っているだけでした。

今。肩を抱けば。きっともとにもどれる。

そうわかっていながら。なにもできませんでした。

　僕が悪いのに
　僕が悪いのに


しかし。

悲恋にはちょっと場所が悪かった。

いきなり駐在所放送。フルボリューム。

”恋っはUターンきっんしだよ～～～ん”


いきなり公共放送でこれかっ!?

さすがに僕も和美ちゃんも唖然とし、吹き出してしまいました。

そのとたん。張りつめていたものが崩れていくのがわかりました。

「はは、ははははは」。

馬鹿だ。駐在。


そうだ。なに意地はってたんだ。僕は・・・。


僕は足元に生えていた白詰草を数本ひきぬくと

「昔さ。従兄弟に教わったんだけどね」。

小さな指輪をつくって。
和美ちゃんの手をとって。中指にはめました。

「うん。似合う」。

和美ちゃんはやっぱり泣いたままで。コクンとうなづきました。

「学校。もどるんだろ？」

「え？うん・・・」。

「乗る？」

自転車の荷台をさしました。

「え・・・だって・・・」。
「いいんだって」。

僕は和美ちゃんを後ろに乗せて。
そして駐在所前、交差点を2人乗りで堂々と通過。

背中に顔をつけている和美ちゃん。
ワイシャツごしに、和美ちゃんの涙が。伝わってきます。

すると当然、駐在放送。

”ママチャリ～～～～！”

和美ちゃん。
「あ。駐在さん怒ってるよ？ママチャリって君のことでしょ？」

「え。いいんだ。つかまってろ」。


”一時停止違反だぞ～～～～～～～”



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